丸亀・万象園 坂出・沙弥島

 丸亀駅へ着いたのはかれこれ午後1時ごろ。駅前でFさんが、にこやかに出迎えてくれた。「じゃあ、すぐに行きましょう。」とFさん。ひとまず、かねてよりお願いしておいたうどん屋さんへ。ギクシャクとした運転であったが、無事に郊外のうどん屋さんに着く。さすがに本場だけあってこの店のうどんは美味しく、安価だった。そしていよいよ予定通り、近くの万象園へ。
今日の万葉は人麻呂の行路死人歌である。「玉藻よし 讃岐の国は 国柄か 見れども飽かぬ 神柄か ここだ貴き 天地 日月と共に 足り行かむ 神の御面と 継ぎ来る 中の湊ゆ 舟浮けて」と、ここまで読んだだけではこの歌を行路死人歌だとはだれも思うまい。大袈裟すぎるほどの国ぼめ土地ぼめの歌である。小さな橋を渡って万象園に到着。今渡った川が、どうやら金倉川らしい。
万象園碑「万葉中乃水門跡」  入園料を払って園内に入る。すぐのところに、万葉歌碑。すぐそばに「中乃水門はここ中津付近である。」と説明されている。池泉回遊式庭園ということで池を一周。手入れの行き届いた立派な庭園だった。
 もうすこしゆっくりしたかったが時間もないので、沙弥島(狭岑の島)に行くことにした。


沙弥島・瀬戸大橋タワーから  なにしろ謎の多い歌である。金倉川河口の中乃水門を出発した人麻呂一行は、まもなく突風に遭遇、狭岑の島に緊急避難し、そこで石中死人に出会う。 当時、官人たちが行き来に使用した舟が、どのようなものであったかは明らかにされていないが、想像以上に小さかったのではないか。「中の湊ゆ 舟浮けて」という表現からも小舟である印象が強い。そしてそのような小舟が、このあたりを東行する場合、沿岸伝いに東へ進み、かつては岬だった聖通寺山のすぐ北をかすめるように通るのが自然なように思われる。 オソゴエの浜・柿本人麿碑

ところが、聖通寺山より3kmも沖合いに浮かぶわずか東西160m、南北930mの小島である沙弥島に停泊したのはなぜだろうか。坂出市のHP所載の昔の写真を見ても、瀬居島にくらべ沙弥島は小さく心細げで、風除けに逃げ込むような島ではない。

 もうひとつの大きな謎は、「石中死人」という表現だ。********以下工事中です******** 白石古墳広場

   【JR 丸亀駅より】

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