蒲生野(がもうの)
近江八幡駅で地元のUさんに車に乗せていただいた。わずか半日で地理不案内のところをあちこち見てまわるためにはどうしても手助けが必要で、Uさんに無理やりお願いしたのだった。まず、「万葉の森船岡山」へむかう。駐車場から信号を横断すると小社。背後に、巨石が見えるのは磐座(いわくら)だろうか。少し登ると万葉歌碑。船岡山は、思っていたよりずっと低い小丘だった。
「蚊がいますよ」とUさん。
もう少し尾根伝いに奥のほうへ行ってみたかったが、蚊の攻撃から逃れるためやむなく下りる。どうやら近江美人は、蚊に刺されたらしい。「恋の場としてふさわしいところだと思います。当時の人の心が伝わるような気がします。わたし、ここ大好きなんです。」 教育委員会の説明版に「雑歌の部に所収されていることから宴席の場での戯れ歌かと思われます」と書いてあるのを、Uさんは全く無視して恋の歌だと力説するのである。なるほど、大海人や額田が、四十歳であろうと五十歳であろうと、恋をするときは恋をする。さらに「ここにくるとみんなそんな気持ちになるんですよ」と涼しげに続ける。
あ、そうか。ここは、そういう特別な場所なんだ。『万葉集の民俗学(桜井満)』のいう「神を核として、人々が集う非日常世界」だったのかもしれない。これは天皇、皇太弟、以下大勢の宮廷ひとが参列する宮中の公式行事であって、会社の新年会じゃない。いくらなんでも戯れ歌は不自然だ。もともと天智と大海人は仲が悪く、冗談で済む話ではない。
いつの間にかすっかり、Uさんに洗脳されてしまったようだ。大海人の心中の吐露は、五月五日という特別な日に、蒲生野という神聖な場所だからこそ許されたのだ。船岡山のふもとは、公園として整備されていた。萩の花が咲き乱れるすぐ横のベンチに腰をおろして、しばらくの間、ぼんやりしていた。
「美しいあなたが好きでなかったら、あなたが人妻であると知りながら、恋いしたったりしましょうか」と口語に訳しても激しい恋の告白のように思える。この二つの歌が壬申の乱の一因となったとする説は、あながち否定できないのではないか。
踏み切りの警報音が鳴って、電車がのんびり走っている。この田園地帯は、現在でも非日常世界だった。
しかし残念ながら、美しい人妻であるUさんに告白はできませんでした。
【JR 近江八幡駅より近江鉄道で11分・市辺(いちのべ)駅下車すぐ】
- あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(巻1 20) 額田王
むらさきのにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我れ恋ひめやも(巻1 21) 皇太子
- 「袖振る」は呪的動作だと考えられます。
- 蒲生野の正確な位置はわかりません。だいたいこのあたり一帯であろうといわれています。
- 太郎坊・瓦屋寺・雪野山古墳群など、ふきんに見どころはたくさんあります。