その後、船の大型化とともに運河を使用する船は少なくなり、
戦後は通航する船を見かけることは少なくなりました。
それでも時おり、製粉工場に艀がよこづけされて、ほこりをまきあげながら太いホースで
原料を吸い上げている光景がみられました。
可動橋もその役割を終えていましたが、
清盛橋や高松橋には、かつて彼等が力強く可動していた痕跡(歯車がついていたり、
デザインが特別であったり)が、かろうじて残っていました。
それも橋の改築とともに、姿を消しました。
=Fへ続く
【清盛橋から新住吉橋を見ています。
清盛橋も新住吉橋も架け替えられて、高く大きな橋になり、
名前も新しく付けられました。】