元来、兵庫の津は、西風・北風からは船を守ることができましたが、 東や南からの風にたいしては無力でした。
 また、和田岬付近は、砂州が広がっていて浅瀬が多く、その上、 潮流や風も強く海上交通の難所でした。 明治元年になって兵庫港が開港されるや、港を利用する船はますます多くなりましたが、 その一方で、和田岬で遭難する船も増え続けました。
 =Bへ続く

【水門の裏側が築島橋。わずかにポーアイが見えている。】