戦後、船の通航はあまり見られなくなりましたが、このあたりは材木の筏で
埋まっていました。筏は付近の子供たちの格好の遊び場であり、俊敏性を
養うところでもありました。たまに、水中に落ちて亡くなる子がいましたので、学校では
夏休み前には、筏で遊ばないよう、口を酸っぱくして注意していました。
なにしろ、木と木の間に転落すると再び水面に浮かびあがることは困難なのですが、
悪ガキたちは、そういうリスクを十分承知したうえで、
果敢に筏遊びを続けていました。
自己責任が当たり前でしたから、そういうことばがなかった時代の話です。
=Hへ続く
【材木橋から御崎橋のほうを見ています。左部分が貯木場です。】