天平8年(736)夏6月出発の 遣新羅使 の旅は、予想をはるかにこえる悲惨なものとなりました。
外交的には全くの失敗でしたし、大使をはじめ多くの病死者が出て、帰朝が大きく遅れました。
この時に詠まれた、いわゆる「遣新羅使人歌群」の歌145首のうち、 140首が往路に詠まれているのは、そういう事情があったからでしょう。