猪名野、名次山、角の松原の三つの地名が現在のどのあたりのことなのか。狭い
場所に限定することはむつかしいが、決して風光明媚とはいえないこれらの地を、
妻に見せたいというのはどういうことなのか。なぜ、一首の中に地名を三つも詰め
込んだのか。なにも知らないまま、とくに興味をひくこともなく、作者の名さえ忘
れかけていたのがこの歌なんだ。でも、最近になってすこしはおじさんにも、万葉
が解りかけてきたのか、いまでは、大好きな歌の一つになっているんだよ。
さて、この歌については、妻同行説と妻不同行説の二つがあるんだ。おじさんは、
この歌も旅の行程にしたがって地名を連ねたものと考えている。だから、妻は同行
してなかったと思う。
妻がついていかなかった理由はよくわからない。一緒に連れて行きたくても行け
なかったのは、愛妻が病弱だったからではないかなどと、ついつい想像してしま
うんだ。 高市黒人は柿本人麻呂と同時代に活躍した宮廷歌人らしい。
旅の歌をわずか18首残すばかりで、その伝記も一切明らかでないために、人麻呂ほど知ら
れてはいない。彼の歌は、旅人の不安や寂寥を詠んだものが多いといわれており、
本歌もその例外ではない。
地名を三つも詠み込み、しかも妻への深い愛情が表わ
したこの歌、万葉羇旅歌の中の名歌といえないだろうか。
彼の旅もつつがなく終わっただろうし、妻も健康を取り戻したと思うがどうだろう。