
高市黒人
いざ児ども 大和へ早く 白菅の 真野の榛原
手折りて行かん (巻3 280)
《 さあ、みんな。大和へ早く帰ろう。
白菅の茂った真野の榛原の榛の枝を
手折って帰ろうよ。 》
この歌に詠まれている「真野」の地については、近江やみちのくの「真野」説、
また普通名詞説がありはっきりと特定しにくい。猪名野、名次山、角の松原と
摂津の地名を三つも詠みこんだNO279の歌の次に置かれていることから、
おじさんは、本歌の真野は同じ摂津の、神戸市長田区真野町だと考えてもいい
んじゃないかと思っている。真野のすぐ近くに菅原通があるが、その「菅原」と、
本歌の「白菅」とは無関係で、これは隣の梅が香町とともに、菅公伝説からきた
ものだといわれている。
さて、「榛(ハリ)」は、長い間「萩(ハギ)」のことであろうと思われてきた。
でも、最近は「はんの木(ヤシャブシ)」説や、「はり(イバラ)」説が有力なん
だよ。どの説をとるかによって、「手折りて行かん」の解釈が随分変わってくる。
おじさんは、一応「はんの木」説じゃないかと思っている。『古事記』に、雄略
天皇が葛城山で猪に追われ、はんの木に逃げ登り難を避けた話がある。また、はん
の木の実は「ヤシャ玉」といい、古代にはこの実や樹皮を染色に用いたといわれて
いるんだ。この木の染色以外の用途について、おじさんは今のところ知らないが、
当時、染色に使われた他の植物の多くは(例えばドングリやヤマモモ)漢方薬でも
あった。だから、当時の人々が、これらの植物には霊力があると考えるのはごく
自然なことではないだろうか。
家郷の妻に、せめて枝だけでもその霊力が消えないうちに、持ち帰って見せてあ
げたい。愛妻家の黒人は、きっとそう思って帰路を急いだにちがいないよ。旅先
の真野の地を讃めつつ、家族への愛をさらりと詠み込んだこの歌は、きっと同行し
た人たちの共感を得たに違いない。
おじさんは、生け花のことはあまりよく知らないが、生け花の原点はこんなとこ
ろにあるのかもしれない。見る人を生き生きさせるから、生け花と言うのだろう
か。 六甲山系に多く生えているヤシャブシは植林されたものだということを聞い
たことがあるが、近年、花粉症の人たちから嫌われているのは残念だよ。
黒人の妻の答歌をあげておこう。心づくしのおみやげを貰って、素直に喜んでい
る優しい妻の姿が目に浮かぶようだ。
白菅の 真野の榛原 行くさ来さ 君こそ見らめ 真野の榛原 (巻3 281)
《白菅の茂った真野の榛原を、行きにも帰りにもあなたはご覧になったのね、
あのすばらしい真野の榛原を。》
注 ハンノキとヤシャブシは全く別の木と考えたほうがよいかもしれません。
兵庫県氷上郡青垣町の丹波布伝承館では、榛(はんのき)は、樹皮・葉・小枝を、
また、ヤシャブシはその実(ヤシャ玉)を、草木染めの材料として使っていました。